Super Rokkor 45/2.8
Summaron 35/3.5
Topcor 50/3.5
Industar 50/3.5
SERENAR 35/2.8
TELE-TANAR 135/3.5
SERENAR 50/1.8
NIKKOR・Q・C 135/3.5
Jupiter-8 50/2
Industar 26M 50/2.8
FED 10 50/3.5
CANON LENS 135/3.5
Summicron 50/2
NIKKOR-H・C 50/2
CANON LENS 50/2.8
CANON LENS 50/1.4
Elmar 50/3.5
Summitar 50/2
SERENAR 50/3.5
Simlar 50/3.5
Tanar 50/2.8
Tele Rokkor 135/4
Summar 50/2

Chiyoko(Cマーク) SUPER ROKKOR 1:2.8 f=45mm No.19***
3群5枚構成
絞り 2.8 4 ~16
距離表示 feet 3.3~∞
フィルター径 19mm 34mm
(フィルターは、レンズ部分だけにはElmar用の19mm、前面全体にはSummar用の34mm、どちらも付けることができます)
写真(上は)バルナック・ライカのコピー機であるMinolta35の標準レンズで、その形状から「梅鉢」レンズとよく言われるものの後期型です。

こちらは前期型。
「梅鉢」は1948年に発売、1955年ころまで作られました。社名が「ミノルタ」になるのは1962年で、この当時はまだ「千代田光学」ですから当然「Chiyoko」になっています。前期型は鏡胴前面上部に丸い小さな穴が開けてありそこから絞り値が覗かれる(写真は「5.6」の数字が出ています)のが特徴です。後期型は穴はなくなり、代わりにピントレバーが付きました。コーティングもより強くなっているようです。

前期型、後期型の比較です。
PaX Jr と Pal Jr
(試写例あり)ATLAS 35 Ⅱ
PaX M4
(試写例あり)PALMAT (Skylark)
(試写例あり)PaX 35
PaX M2
(試写例あり)PaX M3
PaX Ruby
Tower 55
PaX Jr
距離目測カメラ
レンズ・シャッターの表示はナシ(自社製と思われる)
シャッター速度 B、25.50.100.300
レンズ Luminor Anastigmat 1:3.5 f=45mm
絞り 3.5 4 5.6 8.11 16
距離はmeter ft 併用表示
ASA 25.50.100.200.400.1000
サイズはPaX M4と全く同じ 110×73×65mmですが、ちょっとみた感じでは異様と思うくらいに大きく見えるファインダーですね。
距離計はありません。ジュニアという名前のごとく、安くするために泣く泣く削ったのでしょう。
このファインダーは大きさ見やすさともに、後続の「Rollei35」とほぼ同じ程度と思われます。
PaX ではなく 「Pal Jr」 「STARLITE」 となっているものがあります。海外向けです。また「Tower55A」というのもこの機種です。
Pax Jr とPal Jrの比較です。

プレートが違っているだけで全く同じです。

以下はPal Jrの箱、取説です。箱にも取説にも確かに「YAMATO KOKI KOGYO」と書かれていますが、取説の写真の「Pal Jr」とあるべきところがマジックで消されているのがご愛敬です。

レンズの番号などから推量すると「Pax」の売れ残りを「Pal」と名前を変えて売ったのかもしれません。

裏蓋をはずしてみました。左から順に PaX, PaX M2, PaX M4, PaX Jr の裏蓋です。この4機種、サイズも取り付け位置も全く変わっていません。開閉に必要なのは中心のネジだけで、上下の2つはネジのような体裁になっていますが動きません。こんなところにちょっとしたウイットが感じられます。
試写例

ここでは主にレンジファインダーカメラ(距離計連動カメラ)以外の小さなカメラを集めました(PAXは別のカテゴリーで掲載)。特にサイズを大文字で載せています
GELTO DⅢ
ARSEN
MINOX B
KODAK 35
SAMOCA 35 model LE
SAMOCA 35 Ⅲ
Pentax Auto 110
Rollei 35 シリーズ …Rollei 35TE
(試写例アリ)/Rollei 35/Rollei B35
(試写例アリ)Olympus Pen D
Yashica 35-ME
(試写例アリ)Konica C35
Voigtlander VITOMATIC
(試写例アリ)Kalimar A
Ricoh R1s (付属として GR1s) (番外編)
(試写例アリ) APSカメラ (番外編)
(試写例アリ)
GELTO DⅢ (シルバー・ゲルト)
127フィルム用、距離目測カメラ
シャッター速度 T.B.5.10.25.50.75
100.250
絞り 3.5 4 5.6 8 11 16
距離はmeter表示
レンズ Grimmel C.1:3.5 f=5cm(沈胴)
1950年東亜光機製。今では店で売られていないベスト判(127フィルム、画面サイズは4×3cm)ロールフィルムを使います。35mmフィルムよりすこし画面サイズが大きいので写りはそこそこです。
GELTOは最初「高橋光学」で製造され、多くのマイナーチェンジがあります。1939年には「東亜光機」に、1952年には「新和光機」と会社名はかわっていますが、カメラの外形はほとんど変わっていません。ただ、このシルバーゲルトは裏蓋全体が開きますが、前期ものはフィルム装填時ライカのように軍艦部のみを開ける落とし込みで、軍艦部にあるその開閉レバーの形状も違っています。
写真のものはその中で一番よく見かけるDⅢです。「シルバーゲルト」と言われますが、シルバーというより淡いシャンパン・ゴールドが綺麗なカメラです。サイズはコンパクトで、
97w×78h×56d mm(沈胴時)、ただ、ずっしりした金属ですから重さは520gもあります。
以下、アサヒカメラ「国産カメラの歴史」による広告から、特徴的な事項をまとめてみます。
1937年 Grimmel Anastigmat F4.5 シャッター速度 T B 5~250 58円 服部時計店写真機部
1939年 ゲルトカメラD-Ⅲ型 65円 GELTO CAMER WERKE
1939年 STANDARD GELTO D-Ⅲ F3.5 F4.5 SILVER GELTO F3.5 88円 東亜光機製作所
1941年 ブラックゲルトA AⅡ B BⅡ 72~82円 シルバーゲルトA AⅡ B BⅡ 77~88円
(シルバーのほうが5~6円高い) 服部時計店写真機部
1942年 S型ブラックゲルト 「フィルム自動巻取装置新装 巻上げノツブの一動作にて正確に一齣分の巻取れる近代カメラのホープ」
と書かれている。シルバーAⅡ型 103円にたいして S型ブラックゲルトは111円。 服部時計店写真機部
広告に「東亜光機」とでてくるのは1939年のみ、同じく1939年に「GELTO CAMER WERKE」となっている広告もありますが、あとはすべて発売元「服部時計店写真機部」の表示です。

距離目測 ベスト版フィルム使用 4×4cm
最短撮影距離 0.5meter
レンズ Anastigmat Grimmel 1:4.5 F=50mm No.14*** (3枚構成)
シャッター 自社製 T B 5 10 25 50 75 100 250
絞り 4.5 5.6 8 11 16 32
No.100**(底部にある)
サイズは
97w×79h×56d mm(沈胴時)で、GELTOとほとんど同じですが、GELTOは底からファインダーまでの高さ、ARSENは底から巻上げノブまでの高さです。
昭和13年3月(1938年)~昭和19年(1944年)に、高橋光学というところで作られたことになっていますが、アサヒカメラ「国産カメラの歴史」に掲載の、昭和15年7月の広告によると
****************************
アルゼン 4×4
小型カメラ界の最新鋭機!
自動巻上装置と優秀なる性能機構と相俟ってその素晴らしき形態! 純国産機の花形として全写壇に大好評を博しつつあるアルゼンのご愛用をお薦めする!
卓越せるアルゼンの十大特長 ①~~(とあって最後に)
アルス 東京・神田 ¥95
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と書かれていて、製作所は「高橋光学」とも「東亜光機」とも「服部時計店写真機部」ともなっていません。

GELTO DⅢ(シルバーゲルト)との正面からの比較。左がARSEN。

軍艦部の比較。上がARSEN。
GELTOは裏蓋+底蓋がスライドして外れるようになっていてフィルム装填がしやすい。
一方ARSENは外れるのは軍艦部だけで、バルナック・ライカと同じように落とし込みによってカメラの上からフィルムを装填します。
F値4.5と3.5の違いがありますがGELTOと同じレンズです。サイズも同じ。軍艦部にフィルムカウンターがあるのと自動巻上げ、ロックの形状などをみるとARSENのほうが上位機のようです。その他に軍艦部にはカウンター復元のための手動レバーがあります。
どちらも真鍮にクロムメッキ。ARSENが黄色っぽいのは元々の色なのか保存状態によるものなのか不明です。
ATLAS 35 Ⅱ
距離目測 前玉回転式カメラ
レンズ
C Luminor Anastigmat 1:3.5 F=45mm No38***
シャッター速度 B 25 50 100 300
絞り 3.5 4 5.6 8 11 16
距離表示 ft Meter 両用
フィルター径 30.5mm
ATLAS 35 は、1958年10月「サンケイカメラ」に最近の輸出向けカメラとして記載があります。記載によると、発売はオリエント商事。大和光機(PaX) カテゴリに記載済のシアーズ社 「TOWER55」と全く同じものです。おそらく大和光機の海外向けOEM商品と推測されます。
写真はその後継機ATLAS 35
Ⅱ。形はPAX M4そっくりでファインダーはM4と同形のブライトフレーム付きですが、距離計がなく、レンズもM4の2.8/45mmにたいして3.5/45mm、M4は自動復元のフィルムカウンターに対してATLASは手動、とスペックダウンされています。PAX M4を母体にした初心者向け廉価版のOEM製品でしょう。サイズはPax M4と同じ111mmW×73mmH×65mmDです。
ATLAS35ⅡとPAXM4の比較です。

前面にも軍幹部にも「大和光機」はおろか会社名はどこにも入っていません。前面の三角のマークには「ATRAS」とあるだけです。
また、箱・取説にも「大和光機」も「オリエント」も会社名は何も書かれていません。ただ取説の最後のページに「Printed in Japan」とあって日本製だと分かるだけです(どことなく詐欺のような(-_-;))。

一個所だけ、底の裏蓋開閉ノブに大和光機のマークがあります。それとM4の皮ケースよりは粗末ながら、皮ケースもついています。
PaX M4
レンジファインダー・カメラ
レンズ・シャッターの表示はナシ(自社製と思われる)
速度 B、10.25.50.100.300
レンズ Luminor Anastigmat 1:2.8 f=45mm
絞り 2.8 4 5.6 8.11 16
距離はmeter表示
ASA 25.50.100.200.400.1000
(以上、Pax Ruby とはレンズが違うだけです)
1957年のM3のあと、1959年にPaX M4に改良されました。
PaX M3からは少しづつライカの陰が薄れて行きます。PaX M3はこれもバルナックライカ(L型)がライカM型になったライカの真似でしょうか、、M3からフィルム巻上げがレバー式になり、Pax M4からは軍艦部の形状もライカとは似ても似つかないものになりました。
価格は¥11,000(革ケース¥800)
サイズに関しても(たぶんM3からでしょう)110×73×65mmと、PaxⅠやM2と比べて高さが6mmほど増えました。これは、ブライトフレーム・ファインダーしたせいですが、L型からM型に移行したライカ同様にサイズが大きくなってしまいました。
この頃になってやっと、PaXがライカのコピー機から独自デザインのカメラに移っていったように思われます。これは特許などの関係もあるのでしょうが、残念ながらこのことが大和光機という会社が凋落へと向かう一因になったように思われます。

右上はレンズ番号11万台の後期型で「pax M4」のプレートが張ってあるだけですが、下はレンズ番号10万台の前期型で「Pax M4」の文字が彫ってあります。また下のカメラの底には「Japan」と彫ってありますから、海外向けだったのかもしれません。ASA表示が黒色と赤色の違いもあります。その他は全く同じです。
このPaX M4、「TAC」という名前で、コンバージョン・レンズ2種と一緒にオリジナルらしい箱入りセットで売られていたのをみたことがあります。また「MAGNON35」 「Rex」という名前が付いたものもあります。
以下、試写例です

PENTAX MX & PENTAX ME SE ペンタックス Kマウント
Asahiflex ⅡA M37マウント
Praktica FX M42 マウント
PENTAX S3 M42 マウント (ペンタックス・スクリュー・マウント)
TOPCON WINK MIRROR S トプコン UVマウント
Canon Flex RM キャノン Rマウント
Nikon F ニコン Fマウント
EXA Ⅰb M42 (プラクチカ ペンタックス) マウント
NIKKOREX 35 Ⅱ レンズ交換不可
PENTAX MX
シャッター 機械式ゴム布幕横走行フォーカルプレーン
シャッター速度 B 1 2 4 8 15 30 60x 125 250 500 1000
GPD受光素子TTL中央重点測光
サイズ 139.5mmW×82.5mmH×49.5mmD(蝶番4mmを含む)
1976年11月発売、当時の世界最小一眼レフカメラです。完全マニュアル機で、好みで8種類あるファインダー・スクリ-ンが交換可能です。
MXにはいろいろなバリエーションがあって
①「ASAHI OPT. CO., JAPAN」が巻上げレバーの下→メモ・ホルダーの下
②メモ・ホルダーの形が正方形→長方形
③製造番号「9」で始まるものが前期型、「4」で始まるものが後期型と言われている
などです。写真のものは後期型で、すべての特徴があてはまっています。
PENTAX ME SE
シャッター 電子式金属幕縦走行ファーカルプレーン(B・Xは機械式)
シャッター速度
AUTO(ファインダーにはUNDER 8s 4s 2s 1 2 4 8 15 30 60 125 250 500 1000 OVERと表示あり)
100X B の3通り
GPD受光素子TTL中央重点測光
電池 SR44×2 使用
サイズ 135mmW×82.5mmH×49.5mmD(蝶番4mmを含む)
1976年12月発売、世界最小を更新した機種で、こちらは絞り優先AE機です。MXはX接点とFP接点の2つがありますが、MEはX接点のみ、ストロボ撮影時にはシャッター速度は機械式1/100秒にあらかじめ設定されています。
「SE」はSpecial Editionの略だと思われます。「PENTAX ME」シルバー と「PENTAX ME SE」の違いは張り皮の色が黒色か焦げ茶色か、というだけのようです。また「ME super」にも「ME super SE」がありますが、こちらの違いは focus screen のみのようです。またK1000にもSEがあり、screenが変わっていたり張り皮が焦げ茶色だったり、こちらはまちまちです。ただ、どれも「SE」がつくのは海外限定販売だと思われます。
MXシリーズはこの後1979年MV1、ME super、1981年ME-F、1982年MGが出ます。旧来からの「AOCO」マークがあるのはMXとMEだけでMV1以降すべてのPentax機から「AOCO」マークは消えてしまいました。

右の写真は目の錯覚テストではありません(笑)。MX(上) と ME(下) の大きさがやや違うのが分かると思います。

Summaron f=3.5cm 1:3.5 Ernst Leitz Wetzlar
レンズ 4群6枚
絞り 3.5 4 5.6 8 11 16 22
最短撮影距離 4feet
フィルターサイズ 前期36㎜(かぶせタイプ)
鏡胴番号ナシ
1946年製造開始され、これは番号から1949年製造のものです。エルマー35mmの後継で、生産本数は約8万本と多い。
製造番号はレンズ周囲の黒い部分に小さく750***とあります。少し後になると数字が白抜きになりますが、この個体は黒数字です。フィルターは36mmのかぶせタイプで、後期になると39mmになります。
ライカM用のメガネつきSummaronは製造初年が1956年130万台。1958年にはF2.8が造られ、F3.5はサンハン・ズマロン、F2.8はニッパチ・ズマロンとも呼ばれます。
MINOX B

距離目測コンパクトカメラ 俗にスパイカメラと言われます
MINOX専用フィルム使用(8x11mm 36 or 50枚撮フィルム)
レンズ COMPLAN 1:3.5 f=15mm
シャッター 横走りフォーカルプレーン
シャッター速度 T B ・ 2 5 10 20 50
100 200 500 1000 (1/100は赤点がある)
撮影距離 8inch 10inch 1feet 1.6feet 2 3 6
・ ∞
ASA 25 50 100 200 400
裏に 「MINOX / WETZLAR / MADE IN GERMANY」
サイズは収納時
W98×D28×H18mm (撮影時
114×28×18mm)

最初のRiga MINOX(MINOXⅠ)が発売されたのは1937年(1936年完成)。所はラトビア、Walter Zappヴァルター・ツァップによって作られました。第二次大戦後1946年にドイツ・ウェツラーで製作復活。A型(Ⅱ型、Ⅲ型、Ⅲs型)を経てセレン露出計のついたMINOX B型になりますが外形はほとんど変わっていません。手にすると製作当初の精密加工技術がいかにすごいかが伝わってきます。
MINOX Bは1958年製造開始。約39万台生産されたようですが、写真のものは製造番号660699(669099?)いずれにしろ66万台なので、B型最後期ものとしてもそれまでのⅠ型~A型合計で27万台以上ということになり、数字のどれかがちょっと怪しいようです。
その後は1969年のC型から…とつづいて最後にCLX型となり、現在ではデジタルカメラMINOX DSCが発売になっていますが、ほとんど同じ形を継承しています。
メジャリング・チェーンは近接撮影には重要アイテムです。8inch 10inch 1feet 1.6feetの位置に突起が作ってあって距離を計り、同じ数字の並びになっているカメラ側の距離目盛と合わすようになっています。このチェーンはもちろん本体から取り外すこともできます。
A型にはyellowとorangeの2種類のモノクロ用フィルターが内蔵されていましたが、B型はカラー用greyのND(減光)フィルターとモノクロ用のgreenフィルターが内蔵されています。フィルターをセットすると自動的に露出計の針が動き露光補正します。

特徴・撮影など
①カウンターは自動復元でもなく手動でも動かせません。赤丸がでるまで本体のpush-pull動作を繰り返してからフィルムを入れます。次にカウンタ0までpush-pull。
②フィルム送りは1回のpush-pullと同時に行われますから、pullしてレンズ、ファインダーを出し、
③まずファインダーから対象を覗きながら露出計のボタンを1~2秒押します。露出計の三角矢印がその針の位置に合致するまで、連動しているシャッター速度ダイアルを回します。ふつう親指の先でしか回せません。
④近接撮影するときには必要ならチャーンを使って測ります。6feet以上あれば赤点に、もっと遠ければ∞に合わせます。(②③④の順序は自由)
⑤シャッターを押します。
⑥APSカメラのように撮影途中で別のフィルムに交換することもできます。(その時にはカウンタを①によって操作する必要があります)
(写真は英文取説、KING PHOTO CORPORATIONとあります)

ついでながら、右は市販された解説書です。超小型カメラMINOXの解説だけあって文庫本より一回り小さい本です。
Leica Ⅰ(model A)
(試写例あり) Leica Ⅲf セルフ付き
Leica Ⅲf セルフなし
Leica Ⅱ
(試写例あり)Leica Ⅲa
(試写例あり)

レンズ Leitz Elmar 1:3.5 F=50mm
絞り 3.5 4.5 6.3 9 12.5 18
シャッター速度 Z 20 30 40 60 100 200 500
距離表示 feet 1.5~∞
このLeica IA型は1929年製。ライカ最初の市販機でレンズ交換はできないタイプです。この時代のライカはすべてブラック塗装で、クローム塗装が出るのは1932年のLeicaⅡからです。そのLeicaⅡが出た当時はクロームの方が高級感があったらしくしかも数も少なかったようです。写真のレンズ左横に2個のボルトで固定されている「く」の字のニッケルは、レンズの無限遠ストッパーです。
このモデルには以下の5種類のタイプがあります。
1925年 ①Anastigmat 50mmF3.5付 約250台 製造番号3ケタ。
1925年 ②Elmax 50mmF3.5付 レンズの名称だけが変更。約800台。製造番号4ケタに。
1926年 ③Elmar 50mmF3.5付 約4,000台。
1926年 ④New Elmar 50mm3.5付に。C.P.ゲルツ社などがツァイス・イコンに合併となりレンズの供給が止まったためショット社のレンズに変更。同時に新設計New Elmarになった。(1926年~1931年まで、総生産台数58,919台のうちNew Elmar付は52,000台ほど。「ライカスタイルブック」には1933年~1936年約30台と記載がある)
1928年 製造番号5ケタになる。
1930年 ⑤Hektor 50mmF2.5付 約1,300台。
この後
1930年 レンズ交換可能なModelⅠC 約3,000台生産される。
1931年 すべてのレンズと交換可能なModelⅠC(0marking)生産開始。
年代を追うと以上のようになります(年代や台数などは「ライカスタイルブック」ゲステル・サルトリウス著。「使うバルナックライカ」田中長徳著参照)

距離は目測です。距離計が付いていないため、写真のように外付けの距離計(FODIS)を付けて距離測定し、そのあとレンズの距離目盛りをあわせるのが普通です。

写真にある純正の革ケースにはカメラ本体・距離計・アルミケース(パトローネ=フィルムカセット=フィルムマガジンを入れるもの)の3つを収納するスペースが作ってあります。速写ケースではありません。
写真の一番前にあるのはパトローネで、真鍮製です。現在の市販のものより2mmほど長くなっています。革ケースにはこのパトローネを入れるアルミケースが2個入ります。
35mmフィルムは元々は映画用フィルムだったものをライカがスチール写真用に転用したものです。現在のような135フィルムは、1934年にコダック社がレチナ発売と同時に35mm幅のスチル写真用カートリッジ式フィルムとして初めて発売しました。
よく売れたライカⅢaの発売はその後の1935年でしたが、カートリッジ式フィルムが発売される1934年以前のLeicaⅠ、Ⅱ、Ⅲ、スタンダードの4機種は、パトローネがないとフィルム装填できなかったわけです。
現在でも、モノクロフィルムを自分で現像する人には、長尺フィルムを購入し、暗室でパトローネに巻き直す人がいますが、当時のLeica所有者はみなこれをやっていたことになります。
試写例(無謀にもカラーネガで撮影してみました。画像処理してありますので、参考にならないかも。確かに写るという証明だけですm(__)m)


ボケ具合はなかなかです。

さすがに逆光では(-_-;)

当然ノンコートのレンズですが、Marumiの19mm1Bフィルターを付けるとこんな風に。